~とある真夏の練習場にて~
「いよ~A君! 精が出るねー!」
「あっ、Bさん! お久しぶりですね。 腰の方はもう大丈夫なのですか?」
「うん、やっと復活だよ! あれ?アイアン変えたの??」
「いやー、そうなんですよ!」
「へー!どこの??」
「日本が世界に誇る高品質、ミズオですよぉ! しかもフィッティングまでしてもらって、何とシャフトはよくわかりませんが、エス2000?とエヌエス 95000?から選べて、ライ角もばっちり調整してもらいました!(ネームまで入れたし!)」
「格好いいなぁ・・まさにオンリーワンだね!」
「へへへ、ありがとうございます! あっ!でもBさんのアイアンだってツアー使用率No.1のテイラーマエダじゃあないですか!」
「ふふふ、A君と違って中古だけどね。」
「さすがはBさん、上級者仕様ですね!」
「まぁ、クラブだけはね! ところで・・何だか随分と調子わるそうだね。」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・最初はそれでも万年スライサーの私がスライスもせずに打てていたもんで、嬉々として練習に励んでいたんですよ。 フィッティングってのは凄いもんだなぁと。 まあ5・6番アイアンは相変わらず難しくて打てないんですけどね。ところが最近は引っかけ・チーピンのオンパレード、果てはシャンクやスライスまで出るようになって・・オーダークラブは完璧な訳ですから原因はスイングにあるんですよね。 やっぱり才能ないのかなぁ・・」
何だろう、最近同じような話を良く耳にする気がするなぁ・・
~A氏、とある日のゴルフ帰り~
「初めてのゴルフ場だったからかスコアは散々、道にも迷うし、最近本当にゴルフが楽しくないんだよなぁ・・」
そして道に迷うこと数時間、霧も出始めてそろそろ辺りも暗くなりかけた頃・・
「あれ?こんな辺鄙なところにコンビニが・・・エレメントゴルフ? まさかゴルフ屋か?」
でもなぁ、よくわからん横文字の店は大抵あれだし・・ でもトイレも借りたいし休憩がてら寄ってみるか。 駄目もとで悩み相談なんかもしてみたり・・
「いらっしゃい・・」
冴えないエプロン姿のオヤジが一人・・
「あの~、こちらはゴルフショップですか?」
「見ての通りのゴルフ工房ですが。うどん屋に見えますか?」
うわー、面倒臭そうなオヤジだなぁ。トイレ借りてさっさと帰ろう・・
「失礼しました! 申し訳ないのですがトイレをお借りしても宜しいでしょうか?」
「・・・どうぞ。」
~とあるゴルフ工房にて~
「いやぁ、助かりました! 実はゴルフ帰りに道に迷ってしまいまして。 迷惑ついでに国道までの道順を教えていただいても宜しいでしょうか?」
「そりゃ構いませんが・・それより貴方、ゴルフ辞めちゃ駄目ですよ。」
店主の唐突な一言に唖然とするA氏。
「なんですか急に! 初対面の人間に向かって失礼じゃないですか! そもそも何の根拠があってゴルフを辞めるなとか・・」
「いえね、ゴルフ帰りにそんな顔してるもんでついね。 思い違いなら良いのですが。」
憤怒の表情から一変、今にも泣き出しそうな悲しげな表情でA氏は胸の内を吐き出し始めたのです。
ゴルフを愛して止まないこと、誰よりも上手くなりたいこと、最近クラブをオーダーしたこと、人一倍練習しているのに全く上達しないこと、家族に白い目で見られていること、などなど・・
あらかた吐き出し終えて一息ついたところで店主が一言、
「クラブ、見せて下さい。」
ガコン、プシュー・・ガチャン、カタカタカタ・・何やら見たこともない機器で作業をしてはメモを取っているようです。
そして20分ほど経ったころ、7番アイアンとウェッジでA氏にアドレスを取らせて暫く眺めていました。
どうやら見分が終わったようで、店主が長々とうんちくを語り始めましたが・・何だか難しくて良く分かりません。
それでも何となく理解できたのは、このクラブ(特にアイアン)ではスイングの課題点を見つける事が出来ない、ということでしょうか。
店主曰く、ゴルフクラブは善し悪しを教えてくれる先生でもあるべき、だそうです。
※ 因みにA氏のクラブセッティングは以下の通り
1W 3W 5W U21 U24 5I~PW AW SW PT
「・・という訳でして、次に具体的な問題点に移りますが、このクラブ達、主にシャフトがAさんにマッチしているかどうかはさておき・・」
「あの~、一応ですね、アイアンのシャフトについてはフィッティングをしていただいていますから、間違いないかと・・」
「鳥かごで? ウォーミングアップは? その時のグローブやシューズは? 恐らく選択肢は2本程度だったのでは? しかもどちらもそこそこに打てていたのでは?」
・・・見られていたのか? もしくはエスパー?
「ま、とりあえずこの問題はさておき、まずはバッグの中のクラブ達が喧嘩もせずに仲良くしているのかを簡単に調べてみましたが・・」
「具体的には?」
「そうですねぇ・・シャフトの重量と性格、ロフト・ライ角、長さで大体のイメージは把握できます。」
「はぁ、そんなもんですか。 それでいかがでしたか?」
「欲を言えばきりがないのですが、全体的な流れ、特に重量に関してはUTのシャフトが極端に軽いことを除けば、とりあえずこのままでも良いでしょう。」
「アイアンをオーダーした時に勧められた在庫処分品です。 安かったんですよ!」
「・・・進めて宜しいですか?」
「あ、どうぞ・・」
「次に、3Wのロフトが殆ど1Wのような状態です。 具体的には12度程度しかありません。」
「3Wは難しいイメージがありますから、球が上がらないのは仕方が無いと思ってましたが・・そのロフトでは私レベルでは太刀打ちできませんね・・」
「そして2本のUTですが、こちらはロフト差が1度程度しかありません。」
「本当ですか? 殆ど変わらない飛距離は未熟な腕の所為かと。 実際にコースではU24しか使うことがありませんでした。」
「あ、勿論、腕前の所為でもあります。」
(・・遠慮なしだな、このオヤジ・・)
「3度刻みのロフトを毎度毎度きっちりと飛距離に反映出来るレベルはなかなかのものだと言うことです。 でもですね、そんなのは腕前が上がれば勝手に付いてくる訳でして、大事なのは、”そのミスは腕の所為なのかクラブの所為なのか”と言うことでしょう?」
「凄いですね・・何だか肩の荷が下りたと言いますか、拠り所が見えたような気がします。」
「ええ、うちは霊感商法ですからね、まだもう少し続きますよ。」
そう言ってニヤリと笑う店主、眼は笑っていないので何だか不気味です。
「最後にアイアンですが、こちらは今流行りのライ角フィッティングをされた後のオーダーですね?」
「はい、機械計測で数球打った結果で判断していただきました。 私にはよくわからないのですがスライスの原因もこのライ角にあるのだそうで、私の場合は通常よりも相当にアップフライト?ライド?にしないと駄目なようでした。 ミズオならば対応可能とのことでしたので全てショップの方にお任せした次第です。」
ふぅー、と大袈裟な溜め息をついてから店主がまた語り出しました。
「ダイナミックな、もとい動的なライ角を計測するに当たって必ず考慮すべき大事な点があります。それは・・」
また難しそうな単語が出てきて、頭を整理するのに大変でしたが、何とか理解することができました。
要は先程のロフトの話と同じことだったんです。
あれ?そう考えると、ゴルフクラブって実は・・
「数本のアングルを計ってみましたが、バラつきはあるもののライ角は標準+3~4度辺りで設定されていました。 このアングルが必要な方は当然おられる訳ですし、計測・別注を付加価値として商売をされる事に関して何も否定するつもりはありません。 ただ事実としてこのライ角はAさんのライ角ではない、そして上達を阻む大きな要因の一つだと言うことです。」
「ええ、もう何を言われても驚きませんし、何故だかわかりませんが物凄く練習がしたくなってきました!」
「それは良かったですね。 では霊感商法はこれぐらいにしておきましょう。」
「私のクラブ達はどうすればよいのでしょう? 恥ずかしながら家族の手前、あまり費用を掛けることは難しいのが実情です・・」
「う~ん、かと言って、やっつけ仕事はしたくありませんし・・でも重量の流れは悪くない・・」
そう言ってから店主は先程取ったメモと睨めっこをはじめました。
「まずは・・3WとU21を抜いてしまいましょう。」
「えっ?それでは歯抜けなセットになってしまいますが・・」
「使えない物を入れておく必要はありません。 調整でロフトを揃えることは出来ますが、今は費用を掛けずに、今後Aさんが上達していかれる過程に於いて抜けている番手が必要になって来るでしょうからその時でも良いのでは?」
「そうなれば良いのですが・・」
「ま、Aさん次第ですがね。 ただその場合は改めて全体を見直す時期でもあるでしょうね。」
「ガ、ガンバリマス!」
「さて、本数も減ってすっきりしたところで、次にU21のシャフトだけはどうにも軽過ぎますから安価なスティールシャフトでリシャフトしてしまいましょう。 UTはあった方が楽でしょうから。」
「はい、助かります!」
「最後にアイアンですが、色々と問題が多過ぎて正直なところ困っています。」
「思い切って投資したのですが・・」
「最小限の施術で、とりあえず今の状態よりはましだというレベルですが、不安なく練習に打ち込めるまでには仕上げたいですね。」
「厚かましくもお願いしてよろしいでしょうか・・」
「作業内容についてはお任せいただきますが宜しいですか? 事前にひとつ、バックフェースに魔除けのお札をベタベタと貼りつけますから、ご自慢のミズオマークは消えてしまいますのであしからず。」
「魔除け・・ですか?」
「ええ、うちは霊感商法の店ですから。」
そう言ってまたもやニヤリと笑う店主に一抹の不安を覚えながらも、A氏は全てを店主に任せてみようと決心したのでした。
「では、2週間後に改めてご来場ください。」
あっさりと作業場に向かい出した店主。
A氏はあわてて・・
「あ、あの! こちらへの道順と連絡先を教えていただけますか? 何せ迷った挙句に偶然通りがかっただけですし、そもそもこの辺りはナビに全く表示されていないので登録も出来ないんです。」
「ああ、それなら大丈夫ですよ。 今回来られた通りに何となく向かっていただければ、ちゃんとご来場いただけますから。」
「本当ですか? また迷ってしまいそうで・・」
「迷われた訳ではないのです。 ちなみに電話はありませんので。」
いやいや、おかしな話なんだが・・でも騙されているようにも思えないし。
「わ、わかりました! では10日後のこれくらいの時間にまた寄らせていただきます。」
「帰りはそのまま真っ直ぐで国道に出ますから。 お気をつけて・・」
頭の中が空っぽのまま車に乗り込み、帰路に就いたA氏。
発信して直ぐに、ふとバックミラーを覗いてみると、今の今まで長居をしていたその工房は既に深い霧で見えなくなってしまっていた。
そしてしばらくすると・・
「あ、国道だ・・」
~とある日のゴルフ工房(再訪)~
やはり迷ってしまったものの、何故だか今回は割とあっさりと辿り着いたようだ・・
う~ん・・?
「大変長らくお待たせいたしました。 制約はありましたがしっかりと練習に励んでいただける最低限の環境は整ったと思います。」
「有り難うございます! 昨夜は興奮してなかなか寝付けませんでしたよ。」
「そんな大袈裟な・・ ではどうぞ、ご確認ください。」
と言われて、まじまじとクラブを見つめるA氏。
バックフェースには魔除けのお札?がびっしりです。
「御世辞にも格好いいとは言えませんが、でも本当にどこのクラブか分からなくなっちゃいましたねぇ。」
寂しそうなA氏を尻目に店主が語り出しました。
「大概のクラブはベースとして何らかの作業をしっかりと施せば本当に良い状態に持っていけるのですが、今回の場合は破損の恐れがあり、適正なアングルを確保出来ない不具合を不本意ながらその他の部分で補っている訳です。 本来、ベースとしては好ましくないのが本音ですが、来るべき日までの繋ぎとしては充分でしょう。」
「いやぁ、そこまでバッサリ言っていただけると何だか気持ちいいですね。」
「でもね、このパターンが最近多いのですよ・・そろそろ被害者の会でも発足するんじゃぁないですかね?」
と言って、ガッハッハッハと珍しく大きな声で笑い出した店主。
でも目は怒っているようでした。
「来るべき日・・またその時には必ずご相談にお伺いさせていただきます!」
「はい、是非またお目に掛かれると良いですがね・・ま、楽しみにおりますよ。 あ、そうそう、おつりを忘れてました。 はい、800万円。」
そう言って店主はまた大きな声で笑い出したのですが、今度はちょっと嬉しそうでした。
~とある日のいつもの練習場にて~
さてと・・俺のクラブは一体、どう変わったのだろうか?
構えて見た感じからだと・・
まずは短い! 物凄く短く感じる。
お飾りだった5番や6番アイアンが何だか上手く打てるような気がする。
そしてグリップが変わった? いや、正確には太さが全部同じなんだな・・
どれを握っても違和感がないから、妙にしっくりくる。
そう言えば店主と左手じゃんけんをしたっけ・・
ん?ヘッドの先っちょが下がってる・・違うヘッドみたいだな。
気のせいだろうか、刃の出方というか懐具合というか、少し変わった気もする。
打ってみるか・・
念入りに素振りから始めて、いよいよ打ち始めたB氏なのでした。
重い、頭が重い! 急いで振ろうとすると全然言うことを聞いてくれない!
そしてやっぱり俺はスライサーなんだなぁ。
元々の球筋に戻ってしまったんだが、でも何故か打感が心地よい・・
以前にはあまり無かった、“ブシュッ”という何とも柔らかく気持ちのいい感触が確率は低いものの味わえるように。
本当に同じヘッドなのか? そもそもこんなに気持ちの良いヘッドだったの?
不思議に思ったA氏は、何となくヘッドを持ち上げて眺めてみました。
バックフェースにはお札がビッシリですが、ミズオに間違いはありません。
フェース面は・・それまでネック~ヒールにかけて集中していた打球痕が、バラつきはあるものの、それでも明らかにセンター寄りに変わっているではありませんか。
これかー!原因は! スイングが急に変わる訳は無いから、クラブが変わった、というか良い状態になったということなんだろうな・・
結局、あの店のオヤジは細かい作業内容までは説明しなかったんだよなぁ。
つまり説明出来ない作業内容・・やはり何らかの人外的な作業が!?
などどつまらない事に思いを巡らせながら、ますます練習に精を出していると・・
「いよぉ、A君!」
「あ、Bさん! おはようございます!」
いつもの上級者、B氏がやって来ました。
「あれあれ? 今日は何だか楽しそうだねー。」
「実はですね、斯々然々、といったことがありまして・・ あれ?あまり驚かれていませんね?」
「ん?うん、ふふふ。」
B氏、いつものようにニコニコとほほ笑んでいるだけです。
「でも、結局はもとのスライサーに戻っちゃいましたから、一からやり直しです。」
「スライサーねぇ・・それで良いんだよ。 それでも今のクラブはちゃんとご褒美をくれる訳でしょ?」
「はい! 心地よい打感と稀につかまった格好いい弾道が出たりします。」
「うん、まさに店主の言っておられた“先生”だよね?」
はっ! そうだ、先生だ! 先生、どうぞ宜しくご教授願います・・
幼小の頃から“先生”に頭の上がらないA氏だったのでした。
「ねぇA君、一度、僕もその工房に連れて行ってくれない?」
「Bさん、是非ともご一緒しましょう! 私も御礼がてらお伺いしたいと思っていたところです。」
~とある日の珍道中~
「あれー? おかしいなぁ・・」
工房を目指して車を走らせること、かれこれ2時間が過ぎようとしていました。
この近辺を適当に走らせていれば到着できたはずの工房が、何故か今日は見つかりません。
Bさんに申し訳ないやら、イライラするわでAさんの運転もつい荒くなりがちに・・
「まぁまぁA君、少し落ちついて、ね?」
「本当に申し訳ありません・・でもこの辺りには間違いないはずなんです。 今日は霧が出ていないせいか雰囲気が少し違う気もするけど・・」
「霧?」
「ええ、いつも、と言っても2回だけですがこの辺りは物凄く霧深いんです。 殆ど何も見えないくらいにね!」
少し考え込んでいたB氏でしたが、またいつものニコニコ顔に戻って言ったのでした。
「ふーん・・ねぇA君、もしかしたら全部夢だったんじゃない?」
「まさか! だって現にクラブはこの通り・・」
「うん、でもね、真夏の夜の不思議な工房に不思議な店主、これはもう何とも素敵なミステリーじゃないか! 現実の話にしておくのは勿体ないよ!」
普段は温厚・冷静なB氏が珍しく興奮気味に語っています。
「でも・・」
「僕はこう思うんだよ。 この先A君が頑張って練習して、店主が言われていた来るべき日が訪れたその時には、必ずまた出会えると。」
「素直に納得するのは難しいのですが、確かに今は“必要”ではない、という点は間違ってないですし、何となく夢にしておいた方が色々と辻褄が合うような気がしてきました!」
「そうそう、きっと妖精パックのいたずらだったんだよ。」
「???」
「ふふふ。」
「何だかよくわかりませんが・・ではBさん、そうと決まったら早速練習ですね! お付き合いしていただきますよ!」
「勿論だよ! 今日は500球は打たないとね!」
「いやー、厳しいっすねー。」
ゴルフ談議に花を咲かせながら、練習場へと車を走らせる2人。
空一面のうろこ雲が、秋の訪れを告げているようでした。
~FIN~
※ 7割方、ノンフィクションです
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